修羅と涅槃はいくつなんだ

 

「久野さん、いくつ(何歳)何ですか?」この10日間で3回も聞かれてびっくりしています。何でそんなことを聞くんだろう、ってただ素朴に疑問に思うだけだろうし、興味を持ってくれるのはいいことだと解釈しています。僕もよく人にあれこれ聞きます。

 

独身でフリーランスという立場上、年齢を意識することは全くといっていいほどない。そういえば44歳か。ちょっと仕事に集中してて、ふと時計を見るともう8時だ、夕食食べ忘れた。そんな感じです。「(そんな歳になって)そんなんでいいんですか」というありがたい御意見を頂くこともあるのですが、紳士たるもの決して「大きなお世話だ、馬鹿野郎」などと思ってはならず、「満足しています」とだけ、静かに答えている。健康な体とカメラ、志。 必要なものは全てここにある。失うものは何もない。大切なのはどれだけ自分の人生を愛せるか、ではないでしょうか。

 

なぜ自分には寂しいという感情がないんだろう、ひょっとして俺は、人として何か大切なものが欠けているのではないか?ずっとそう考え続けていたのだけど、ある小説が教えてくれました。「憧れによってのみ、人は孤独から解放される」と。

 

僕には心の(もしくは生き方の)指針となっている人が5人いる。全員男性で、直接会えるのは一人だけ、あとの方々は皆、本の中か心の中の存在です。(ちなみにそれぞれ、カメラマン、冒険家、ロックミュージシャン)この人たちの何に惹かれているんだろうと、それぞれの要素を明確にしてみると、全員に共通しているのは「修羅のような激しさと、涅槃のような優しさ」を持っていることだった。本当に、凄まじいくらい。

 

 

夭折している方のいるので、僕はあの人よりも年上になってしまった。僕は、あの人よりも強く優しくなれているだろか?深く生きているだろうか?

 

「人が生きるっているのはそんなことじゃねえんだよ」 安易に過ごしていると、心の中でそう、怒号が響く。

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