動画とカメラマン

この10年以内のことなのですが、写真を専門とするカメラマンも動画撮影を要求されるようになってきました。その背景は

 

・テクノロジーの向上(写真で使用する一眼レフカメラでも十分いい動画が撮れるようになった)


・ネット速度の向上とよりアピールのため、メディアのウェブでも動画が公開されるようになった
 

・単に人件費削減

 

があると思います。

 

 

「最近会社から動画もやるように言われて…あんなのやってらんねぇよ」なんて愚痴を何人もの同僚から聞いては「タイヘンですね〜(私にはそんな依頼もありませんから。ワッハッハ♪)」と高みの見物していたのですが、天に唾みたいなもので、いよいよその役割が回ってきました。

 

写真と動画の撮影は一見、似ているものですが、実は全く非なるもので、頭の使い方は全く別物です。写真は構図を決めて瞬間を切り取りますが、動画は一連の動きや音も計算しないといけません。写真にしたら全く意味のないものも、動画の場合、イメージカットで必要とされる。要は同じ現場で二つやると、ゴッチャゴチャになる。

 

トドメに動画はとてもデータが重いので、送るのに大変苦労する。先日の仕事はそのアップロードに大変苦労し、様々なことを学ばせてもらった。

 

 

動画もできると依頼(と収入)は確実に増えるのですが、ここで最も大切なのは「僕は何の為にアフリカにいるのか」ということです。フリーランスは誰も言ってくれないし、誰も正してくれない。だから常に自分自身で補正しないと、本当にすぐ、流されてしまう。

 

 

僕のやりたいことについて誰よりも詳しいのは、僕自身だ。いつも忘れずに、チャンスを作ろうとしているのですが、なかなかうまくいかない。何故うまくいかないのか、何がもっと必要なのかも分かっている。そしてもし、そのやりたいことが達成できたとしても、社会的には全く評価は望めない。(少なくとも日本では) 更に言えば、そんなことすらもうどうても良くなってくる。単なる自己満足と言われるかもしてませんが、少なくとも自分にとってより良き人生の基準とは「どれだけ本気で挑戦できたか」「どれだけ出し切れたか」だと思う。(そのせいか、年齢と共に生活レベルが下がってる気がする。それはそれで問題の気がするが、気のせいでしょう

 

 

「自分を見失うな」


中学の卒業文集でそう書いた級友がいた。今もその言葉を覚えている。いつも自分を見失なわずに、今やるべきことを淡々と行っていきたいものです。

 

(最後に言いますと、動画は動画で面白いけれど、100パーセント本気では出来ないなぁというのが本音です。僕は死ぬまでカメラマンでいたい)

 

 

 

 

current location: Addiss Ababa      back to Nairobi around 7th Oct

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