夏の便りを

 

 

 

自分が人生ドン底だった時っていつかな、と寝る前に考えてみます。経済事情・仕事の出来と満足度・今後の見通し、などを考慮すると、実は現在(いま)なんじゃないかって思ったりもするのですが(笑)、いっつも崖っぷちにいると断崖が野原みたいにもなっちゃうんですよね。かつて「堕ちるために登る」と評されたクライマーがいたけれど、「もうダメかも」って思ってる時なんてまだまだいけるから、まだ大丈夫。

 

 

ただ、「自分が何者でもなかった」時というのはよく分かる。カメラマンになる前だ。はるか昔、東京で映像の仕事をしている時僕は、自己紹介で会社名を名乗らなかった。組織への所属意識の薄さもあるが、何よりその仕事が自分の人生に大きな部分を占める、とどうしても受け止めることが出来なかったのだろう。

 

 

その会社を退職して、あやふやなままカメラマンになることを決意し、15年以上経ちます。いまだに自分の世界観や仕事ぶりは確立とはほど遠いけれど、いつも自然と「カメラマンの久野です」と名乗っている。大抵の人は家族や趣味や、いろいろなことが混ざり合ってその人の生き方を構成しているけれど、僕に関していえば「仕事=私の生き方」just equal に近い。だから仕事に向き合う姿勢と結果、もっと言えば写真のクオリティが、自分の人生のレベルであり、彩りといえる。

 

 

当時の僕は気が付いていなかったけれど、あの時、自分の本当の人生が始まっていた。「自分が何者でもなかった時」に僕を支えてくれた人の存在を、僕は忘れない。人間は義を失ったら終わりだと思うからです。

 

 

 

甚大な被害をもたらした雨雲が抜け、夏の太陽が本気を出した日本には、暑中見舞がよく似合う。一枚書くのに1時間近くもかかる、くそ手間な暑中見舞を今年も、気持ちを込めて書こうと思います。

 

 

(「あー本当はコピペしたいです!」ってキモチ!)

 

 

      

 

               

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