急遽、帰国します

まだ出張先のエチオピアにおりますが、急遽、ここから帰国することにしました。

 

脳腫瘍で闘病生活をしている大学時代の友人が、失いかけている意識の中で僕の名前を呼んでいるからです。生命が終りを迎えようとしている時に、自分の存在を確かめようとしてくれている。考えてみれば、こんなに嬉しいことはありません。ここで動けなきゃダメでしょう。

 

ケニアには11月中旬に戻ります。日本の皆様、状況的に余りお会いできないかもしれません。横浜か愛知県におります。

 

宜しくお願い申し上げます。

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ケニアでCR7を狙う、ということ

 

 

 

少し前のことですが、髪を切りました。髪を切るのは好きなんです。フリーランスは気分転換の達人(すなわち自分の感情や思考を完全にコントロール)でなければならないわけで、その手段のひとつなのです。

 

この15年程ずっと、自分で切っていたのですが、床屋をしている友人が、「たまには来い」と言ってくれてるし、自分で切るのも限界がある。    「たまには行くか」と行くことにしました。

 

 

在ナイロビの日本の方々は、こういった外国人用サロンに行くのが常ですが、

 

         

 

 

 

 

 



 

     私の友人はもちろんローカル店。

 

                          

 

 

 

 


さて、どんな髪型にしようかなと行く前に色々ググっていると、見つけてしまいました、この人。

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                                       

 

 

おぉ!この髪型カッコええ!コレだっ!と即決。勢い勇んでいざ床屋(我が友、その名もルーニー)に写真を見せると、彼は0,5秒のチラ見の後、自信満々に「OK,OK!任せておけ」と言う。

 

 

次の瞬間、ガッと力強くバリカンを握ると、すごい勢いで刈り上げる。その鋭さたるや、正にCR7のフリーキック並みである。うおっ、バサッ。今までに見たこともない量の髪が一気に落ちる。…おいおいルーニー…しかしここはもう任せるしかない。

 

 

ご存知のようにアフリカ人はみんな強くカールした髪をしているので、ほとんどの男性はもう丸坊主である。要はバリカンorカミソリで一発。

 

 

 

                                        

 

 

 

しかしアジア人の髪を切るのは生まれて初めてであろうルーニーに、驚くほど迷いはなく、自信に満ち溢れている。その手つきたるや、さながらその道30年のベテラン羊毛刈り師である。この手つき…このリズム...やはり名前からしてこの髪型に詳しいのだろうか...?一縷の望みを託す。なおも攻め込むルーニー。

 

 

そのうち、地元の友達がワイワイやって来て「タケシが髪を切ってるぞ」と観戦しだす。動画撮影まで始める輩もいる(何処かのFBに載っていることでしょう) 挙句は「そうじゃない、俺にやらせろ!」とか「ここにZのラインを入れろっ」などど言い出す。お前ら、暇だからって、あっち行け!(笑

 


10分後にゲームセット。そのまま用事があって、会った日本人に「〇〇みたいだな」と言われたのは、ズバリこの人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                 

 

                            ......!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                      

               ...おかしい...私の狙いはこれ。

              

 

 

 

 

 

 

                                       

                  現実はこれ。

                

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すげえ違いじゃねえか。でも同じことを計3人から言われたから、かなり当たっているよう。

 

 

まぁどっちも世界を揺るがす人物ということで、よろしいのではないでしょうか。そんな小さなこと気にしてたら、人生楽しめないよ。最高のファッションは生き方だと思ってるし。

 

 

 


余談だけど、最近すごい白毛が増えたので、そのうちシルバーアッシュにしようと目論んでいる。その昔、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で観たドクがカッコよかったんだよね。

 

 

 

 

 

                                

 

 

 

               current location :Ethiopia    back to Kenya around 20th Oct

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おかげさまで+病は気から

そういえばマラリアは治りました。マラリアはレベルや種類があるのですが、幸い今回のは軽く済んだようです。

 

ただマラリア原虫は肝臓に休眠する形でずっと潜んでいるそうで、何かの拍子にまた、いきなり再発するかもしれないという、何とも時限爆弾みたいなものです。(前回は日本に帰国して1年後に再発し、大変ひどい目に遭いました。あの時助けてくれたN君、ありがとう)でも制限時間があるからこそ、物事に向かって集中できるわけで、いいようにとりたいですね。

 

本当にロングフライト中に悪化したら危なかったけれど、僕の人生に「たられば」はない。あるのは現実だけで、そういった悪い想像や思考は、自分でいくらでもコントロールできる。(そう言えば『東京たられば娘』は面白かったですか?)日本人が戦争に向かない最大の理由は、最悪の事態を考えたがらないからだそうですが、逆に僕はいつも最悪の事態も想定しています。

 


治ったと自己判断した瞬間に全ての薬を投げ捨てた。自慢ではありませんが、僕は病院・医者・薬・注射がダイッッッ嫌いなのです。(*後述) 次に会うのは10年後でいてほしい。より身体を強くする理由が持てたことに、今回感謝している。

 

 


こういう文章を真面目に正直に書いていると、我ながらホントにバッカだなぁと思うのですが、最近気付いたことに、僕はどこかで自分がバカだと思われていたいという節があるのです。風車を巨人と思い込んで突っ込んでいくのがカッコいいっていうか。


他者を不愉快にしたり、迷惑をかけるのは良くないけれど、義理と良識と誠実さを武器に、世の中の道理とか常識なんか、分からないままでいたい。野犬でいたい。ガラクタでいたい。 オレの人生、最高っていつも叫んでいたい。心からそう思います。

 

 

 

 

 

*追記:以前リベリアでひどい腸チフスになって病院に行った時、マンガみたにでっかい注射をお尻に刺されることになり、逃げ回っていたら、看護婦さん(もちろんアフリカ人)に「Be a Man! 男でしょっ!」ってビンタされたことがあるんです。

 

 

       

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動画とカメラマン

この10年以内のことなのですが、写真を専門とするカメラマンも動画撮影を要求されるようになってきました。その背景は

 

・テクノロジーの向上(写真で使用する一眼レフカメラでも十分いい動画が撮れるようになった)


・ネット速度の向上とよりアピールのため、メディアのウェブでも動画が公開されるようになった
 

・単に人件費削減

 

があると思います。

 

 

「最近会社から動画もやるように言われて…あんなのやってらんねぇよ」なんて愚痴を何人もの同僚から聞いては「タイヘンですね〜(私にはそんな依頼もありませんから。ワッハッハ♪)」と高みの見物していたのですが、天に唾みたいなもので、いよいよその役割が回ってきました。

 

写真と動画の撮影は一見、似ているものですが、実は全く非なるもので、頭の使い方は全く別物です。写真は構図を決めて瞬間を切り取りますが、動画は一連の動きや音も計算しないといけません。写真にしたら全く意味のないものも、動画の場合、イメージカットで必要とされる。要は同じ現場で二つやると、ゴッチャゴチャになる。

 

トドメに動画はとてもデータが重いので、送るのに大変苦労する。先日の仕事はそのアップロードに大変苦労し、様々なことを学ばせてもらった。

 

 

動画もできると依頼(と収入)は確実に増えるのですが、ここで最も大切なのは「僕は何の為にアフリカにいるのか」ということです。フリーランスは誰も言ってくれないし、誰も正してくれない。だから常に自分自身で補正しないと、本当にすぐ、流されてしまう。

 

 

僕のやりたいことについて誰よりも詳しいのは、僕自身だ。いつも忘れずに、チャンスを作ろうとしているのですが、なかなかうまくいかない。何故うまくいかないのか、何がもっと必要なのかも分かっている。そしてもし、そのやりたいことが達成できたとしても、社会的には全く評価は望めない。(少なくとも日本では) 更に言えば、そんなことすらもうどうても良くなってくる。単なる自己満足と言われるかもしてませんが、少なくとも自分にとってより良き人生の基準とは「どれだけ本気で挑戦できたか」「どれだけ出し切れたか」だと思う。(そのせいか、年齢と共に生活レベルが下がってる気がする。それはそれで問題の気がするが、気のせいでしょう

 

 

「自分を見失うな」


中学の卒業文集でそう書いた級友がいた。今もその言葉を覚えている。いつも自分を見失なわずに、今やるべきことを淡々と行っていきたいものです。

 

(最後に言いますと、動画は動画で面白いけれど、100パーセント本気では出来ないなぁというのが本音です。僕は死ぬまでカメラマンでいたい)

 

 

 

 

current location: Addiss Ababa      back to Nairobi around 7th Oct

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たとえ間違った決断だったとしても、迷っているよりまし。

17年ぶりにマラリアに罹ってしまいました。アフリカでは悪名高きこの病気、世界で年間40万人以上の方が亡くなっているという、危険な病気には違いないのですが、長い間罹っていないと「オレはダイジョウブ」という得意の根拠なき自信で来ていたのに、やっぱり罹る時は罹ります。

 

 

マラリアの熱は波線グラフのように数日置きにやってくる。下がると「もう治った」と思って調子に乗っていると、カウンターパンチのようにガツンともっとひどいのがやってくる。こういう時に一人暮らしはやはり辛いもので、水や果物を倒れそうになりながら買いに行き、ウンウンうなされて寝込んでいると、電話。

 

「ギニア(西アフリカ)に行ってくれませんか」 即答の言葉はもちろん 「任せて下さい」

 

 

「こんな熱で行けるのか?」「旅中で再発したらどうしよう...」不安は僕の人生に必要のないものです。必要なのは想定と準備。人生、ムリしてなんぼっす。ピンボールのように、自分を弾きまくっていきたい。

 

 

今、トランジットのアジスアベバにいます。「コンジョ・ハガール=美しきかな、エチオピア」 人も食事も文化も風景も歴史も、政府以外全てが美しい。大好きな国にいれて幸せです。(幸い熱も今は下がってる)

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贈り物をするのが好き

僕は昔から人にものをあげるのが好きなんです。よく分かんないけれど、ふと「おぉ、コレあの人にあげよう」と思ったら、ハイってしたくなるんです。

 

プレゼントで大切なのは相手の好みや生活習慣を知ること、そしてタイミングらしいのですが、私にはそんな繊細なセンサーは付いていないので、いきなり送り付ける。当然、ナカナカ当たらない。(というか、大いにハズす)その確率たるや、今年のイチロー選手の打率の方がはるかに上である。(実は迷惑だった人、こっそり後でメール下さいっ)ほんと、自己満足もいいトコです。

 

 

以前ケニアの辺境を旅している時、親切にしてもらった人に着ている服をあげ続けていたら、いつの間にかランニングシャツ一枚になってしまい、帰りの夜行バスで凍えるような思いをしたのを思い出します。(そこは本当に何もないところだった)

 

 

で、明日からケニア海岸部に撮影&遊びに行く私。ため込んでいた地元の友達への土産を詰め込むと。。。

 

 

     

 

 

 

 

スーツケースに入んないじゃん。。。さらにカメラバッグもあるので、国内旅行なのに日本帰国と変わんない量。。友人も結婚したり子供ができたりしているので、必然的に量も増える。Life goes on、ですね.

 

 

大抵は景品やバーゲン品なのでお金はかかってないし、中古は失礼にならないよう、注意しています。何よりこんなことよりよっぽど大きなものを、僕はもらっている。

 

ではでは、行ってきまーす。

 

 

 

 

 

※後述)海岸部の母親的存在に「ぜひくれないか」とねだられ、スーツケースもあげてきました。(田舎ではスーツケースはタンス代わりに重宝される) バックパッカーに返り咲きです^へ^/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ABEイニチアチブ

一昨日のことですが、JICAケニア事務所からABEイニチアチブというプログラムの撮影をさせて頂きました。内容の詳細はこちらになりますが、簡単に言うと「優秀なアフリカの若者を日本に2年間留学させ、将来の人材育成、日本との架け橋を目指す」ものです。

 

今年で4回目となるこのプログラム、何とその4回すべての壮行会をここナイロビで撮影させて頂いています。(ありがとうございます!)

 

毎回そうなのだけど、数日後にまったくの異国へと旅立つ彼らの表情に、不安のかけらもなく、希望と期待に満ち溢れている。

 

 

                

                                                                                       (戻ってきた研修生)   

 

 

 

 

 

     

 

 

 

そんな彼らに「日本にはウガリ(トウモロコシの粉で作るケニアの主食)はないよ。大丈夫??」と冷やかすと「えっ!!??」となる。(笑

 

中にはエリトリア(超独裁閉鎖国家)から島根県に行く女性もいて、すげえ人生だなと思います。本当に、この世の中で人が生きて行くことほど興味深いものはない。

 

 

どんな対象でも、何度やっても、撮影には必ず緊張とプレッシャーがあります。それは必要なことであり、大切なことであり、また楽しんでいます。ただこういった広報写真は「対象がハッピー」なだけに、撮っていて気持ちも救われる。写真を撮られる方も、見てくれる人も喜んでくれるからです。

 

 

これがニュースやドキュメンタリーだと全く逆だ。いい写真が撮れたというのは、被写体となった人々には最悪の事態ということになる。

 

         

                                 (ソマリア ©kyodo News)

 

 

「カメラマンはハイエナだ」「他者の不幸をメシの種にしている」という評価ははるか昔から言われていますが、多かれ少なかれ、この分野では当たっていることと思います。僕も撮影中に殴られたことがあります。

 

様々な感傷や感情は現場では邪魔になるだけなので、どんな時も黙々と撮影しています。しかし心と頭と体をフルに使うこの仕事は本当に面白い。

 


話戻ってこのABEイニチアチブは第1、2回の人たちはもう戻って来ていて、流暢な日本語で話してくれる。いかに日本の日々が楽しかったか、貴重な経験だったか、そんな彼らを見る僕も嬉しい。そういう自分は日本とアフリカの架け橋になっているだろうか?(=否、それはない)

 

 

この不確かな世の中で、実行の伴っていない自分を見ながら「オレは何がしたいんだったけ」と常に問いかけていたいと思います。

 

JICAケニアの皆さん、研修生の皆さん、本当にありがとうございました。

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<最近、毎日考えること>

最近、真剣に考えるていることがあります。それは「なぜ『魚食系男子』という言葉がないんだろう」ということです。「草食系」「肉食系」、はたまた「ロールキャベツ系」と世に広まって久しいのに、どうして魚がないんだっ。。。!って。

 

 

ないなら作ればいい。そこで今、ここナイロビで高らかに「魚食系男子の会」を結成したいと思います!
加入条件は

 

・週5回、魚を食べてもokなこと
・「魚は丸ごと(頭付きで)買うもんだ」の気骨
・「冷蔵庫は魚介類のためにある」の精神

 

です。

 

すでに二人、会員を確保している(←私の中では)ので、続々の加入、待っています!

 


そしてもう一つ、この混乱に乗じてぜひ作りたいのがあります。それ正に「ヤサグレ同志の会」です。こちらはやや会員規定が厳しくて、

 

・40代以上であること
・週5回以上、夜をほっつき歩いていること(酒かミラー(後述)で)
・家庭崩壊を決して顧みないこと

・(実はダメ男の自信、結構あり)

 

です。

 

こちらも私はイイ線(B専ではない)をいっているのですが、決して勝てない大先輩がいるので、ここはKさんに会長の座を譲りたいと思います。

 

ご関心のある方、今すぐ info@takeshikuno.comまでご連絡を!!

 

 

 

それにしてもこの二つの公約数に入れるのは、今のところ私だけのような気がします。。。

 


注)「ミラー」とは東アフリカで広く広まっている、覚醒作用のある植物です。若い葉っぱをもしゃもしゃと食べていると、そのうち目がカーっと冴えて来ます。まぁ日本で言う脱法ハーブですね。

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修羅と涅槃はいくつなんだ

 

「久野さん、いくつ(何歳)何ですか?」

この10日間で3回も聞かれてびっくりしています。(ちなみに男性からです)何でそんなことを聞くんだろう、まぁただ素朴に疑問に思うだけだろうし、興味を持ってくれるのはいいことだと解釈しています。僕もよく人にあれこれ聞きます。

 

 

独身でフリーランスという立場上、年齢を意識することは全くといっていいほどない。そういえば44歳か。ちょっと仕事に集中してて、ふと時計を見るともう8時だ、夕食食べ忘れた。そんな感じです。

 

「(そんな歳になって)そんなんでいいんですか」というありがたい御意見を頂くこともあるのですが、紳士たるもの「大きなお世話だ、馬鹿野郎」などと心にも思ってはならず、「満足しています」とだけ、静かに答えている。健康な体とカメラ、志。 必要なものは全てここにある。失うものは何もない。大切なのはどれだけ自分の人生を愛せるか、ではないでしょうか。

 

 

なぜ自分には寂しいという感情がないんだろう、ひょっとして俺は、人として何か大切なものが欠けているのではないか?ずっとそう考え続けていたのだけど、先日ある小説が教えてくれました。「憧れによってのみ、人は孤独から解放される」と。

 

 

僕には心の(もしくは生き方の)指針となっている人が5人いる。全員男性で、直接会えるのは一人だけ、あとの方々は皆、本の中か心の中の存在です。(ちなみにそれぞれ、カメラマン、冒険家、ロックミュージシャン)この人たちの何に惹かれているんだろうと、それぞれの要素を明確にしてみると、全員に共通しているのは「修羅のような激しさと、涅槃のような優しさ」を併せ持っていることだった。本当に、凄まじいくらい。

 

 

夭折している方のいるので、僕はあの人よりも年上になってしまった。僕は、あの人よりも強く優しくなれているだろか?深く生きているだろうか?

 

 

「人が生きるっているのはそんなことじゃねえんだよ」 安易に過ごしていると、心の中でそう、怒号が響く。

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ヤベェ暑中見舞い書き忘れた!

今、4時半に飛び起きてこの文章を書いています。普段は5時半のアザーン(イスラム寺院から流れてくる大音量)で叩き起こされるんだけど、今朝は夢の中で標記を思い出して自らを叩き起こした。

 

思えば昔はたくさんの手紙を書いた。インドで牛にくっついて寝ながら、イランの砂漠の中で一人。インド洋のマリンブルーを見つめながら。スーダンのマンゴーの木の下で。旅先でいつも、誰かに書いていた。心の中で話しかけていた。

 

インターネットの出現後もなるべく書くようにはしていたのだけど、自分のズボラさには勝てず、格段に減ってしまった。メールはキーボードを叩いてエンターを押せばすぐに届く。手紙はペンを持って、書いて、切手を買って投函。やはり時間と手間はかかる。自分の時間を何と引き換えるか、いつも意識する中、そんな今でも「あの人に書こう」という気持ちと存在があることは、逆に感謝すべきことなのかもしれない。

 

大学で僕を育ててくれたM先生、いつも僕を応援してくれているLさん、無所属(新人)の僕が唯一頼れる組織であり、大先輩の0さん、大学時代の同級生で闘病生活中のY君、そしてお母さん。きっと盆前にハガキが届きます。今年の写真はキリマンジャロ麓の田園風景です。

 

その他のみなさん(⇦ヒデェ言い方だ)

暑中お見舞い申し上げます。日本は暑いですね。ナイロビの涼風が届きますように。僕は元気です。

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